フォーエバー現代美術館アーティスト・トーク
「RANGA−現代美術の日本画」展

<概要>
・日時:2008年1月10日(木)19:00〜20:00
・場所:フォーエバー現代美術館(FMoCA)
・ゲスト:アダム・ブース、山本太郎
・内容:現代の日本画について
i. 両氏にとっての日本画とは
ii. 日本画から派生する自作のコンセプト、想い
iii. それぞれの作品に対する考え
iv. 聴講者とアーティストが考える日本画(質疑応答)


<内容>

2007年10月6日〜2008年1月14日までフォーエバー現代美術館で開催された企画展「RANGA−現代美術の日本画」では、日本で活躍する2名の若手アーティスト、アダム・ブース、山本太郎の代表的作品を紹介した。企画展のテーマである「蘭画(RANGA)」、そしてその元となった日本画の要素をそれぞれのスタイルでもつ両アーティストを招き、「日本画」の流れと現代におけるその意義について考える機会を設けた。
両アーティストの作品とアーティスト、そして鑑賞者間のダイアローグを通して、伝統的な美術としての日本画をとこれからの日本画について改めて考える時間を目的としたアーティストトーク。




(笹尾)
今回は昨年末から「RANGA」展 現代アートの日本画と言うことで、現代と日本画の関係を提示する日本画的世界を紹介する展覧会を開催いたしました。
この展覧会は1月14日までなのですが、そのファイナルを飾る企画としてここに2名の出展作家をお迎えし、トークショーを開催したいと思います。

それでは本日のゲストのお二人をご紹介いたします。
山本太郎さんです。

(山本)
山本です、宜しくお願いします

(笹尾)
京都在住で、本日は京都の方からいらしていただきました。
アダム・ブースさんです。
アダムさんはイギリス出身で、今東京在住です。

(ブース)
宜しくお願いします。

(笹尾)
それでは、トークに移らせていただきます。今日はマイクがないので、もし聞こえづらい方がいらしたら、ちょっと声をかけていただけたら、と思います。

(山本)
後ろの方の方聞こえています?前の方の席余っていますよ。大丈夫ですか?
ぼくら恥ずかしがりなので、声が小さくなっちゃうかもしれません。

(笹尾)
では、早速トークの方に入らせていただきたいのですが、最後に20分間の質疑応答タイムがありますので、その時にこんなこと聞きたいな?等、考えながらどうぞお聞きください。
まずは現代の日本画についてということで、今日のトークショーなのですが、お二方にとっての「日本画とは?」と言うところから、伺っていたいと思うのですが。
みなさん美術手帖という雑誌、ご存知でしょうか?今月号に山本太郎さんの文章が載っていますが、そこでもいろいろ、山本さんの日本画に対する考え方が、記載されています。では、山本さんからお願いいたします。

(山本)
そうですね。
先ほどの打ち合わせで、本当は二人にとっての日本画っていうのを最初に話した方が良いんじゃないかってことだったのですけれど、アダムさんは、もちろんしゃべっていただくんですが、日本画がどういう形で今、今現在進行しているのかというのを、最初にお話しておいた方が、たぶんこれから先のお話がよりスムーズに聞いていただけるんじゃないか、ということで、まず私の方から、だいたい概略ですけれども、お話しさせていただこうとおもいます。

この展覧会自体ですが、「日本画」「日本画」という言葉を使っていまして、「日本画」という言葉自体は、なじみはある言葉だと思いますので、みなさん普通に使われると思うのですが、「日本画」っていう言葉自体は、実は、非常に新しい言葉で、明治になってようやくできた言葉なのです。
イメージの中では、日本で描かれてきた明治以前の、江戸であろうが、室町であろうが、鎌倉であろうが、平安であろうが、もしかしたら、古墳の壁画も、日本画と呼んでしまうこともあるのですが、広義の意味での日本画というと、全てを含むわけで、狭い意味での日本画って言うのは、実は、明治以降に出来上がった絵画であるということをまず、みなさんにお話ししておかないと。
この話って言うのが、実は、日本画を描いている人間にとっては、ある程度、分かっている人が多くて、美術をやっている人は、知ってる人も居るのですが、美術をご覧になる方でも、なかなか、見る側の人は、この事実をなかなか知らないので、最初にそのことを言っておかないといけないなと、思います。
明治になって、なぜ「日本画」という言葉ができたということは、ジャンルとしての「日本画」ができたのですが、というのは、美術以外の他の全ての分野と一緒で、明治になって、西洋文化がたくさん入ってきました。それで、外国の事情と言うのも、非常に日本に分かりやすく伝わってきて、美術の中でも、やはり、西洋に追いつけ、追い越せじゃないですけれども、西洋にある、美術というジャンルですね。
美術というモノ自体も、実は日本にはなかったのですね、明治になってから出来上がった考え方と言っても良いのですけれど、その美術のなかで、本来でしたら、明治以前は、例えば、掛け軸であったり、屏風であったり、それ以外の器に書かれた絵であるとか、着物に描かれた絵というのも、あまり、区別なく見られていたものが、やはり、美術の中の絵画ってことになると、一枚の枠に挟まった絵だっていうことになってきました。西洋ではそういう美術が、既に成り立っていて、それに対抗するために、日本の中でもそういうものを作っていかないといけなんじゃないか、ということで、改めて「日本画」という風なことを、考えるようになったわけです。
非常に、西洋の美術の概念を意識して成り立ってきた絵画という風にいえると思います。ただもちろん、日本の伝統的な絵画の、あるところは世襲しつつ、でも、西洋からの考えも入れつつという形で、「日本画」というものが成り立ってきたという過程があるんです。
大まかに言うとそういう形で、進んできたわけですが、最近、非常に「日本画」がブームになっていて、その辺がなぜブームなのか、というのは、実はその近代に成立した「日本画」の概念の問い直しというものが始まってきているわけです。
「日本画」ってその当時は、できた時には新しいものだったのだけれど、最初にお話ししたように、今の一般的な考え方というと非常に、伝統的なものも含まれていると言うような考え方になってきてしまっていますので、その辺はどういうことなのだろうかということを考える時期に来ているのかもしれなくて、「日本画」がブームになっているという部分も実はあるのですが、だいたい概略としてはこうなのですが、アダムさんはね?さっきこういう話を僕がすごく真剣に打ち合わせの時にしていたのですが『アダムさんどうですか?』ってきいたら・・・
アダムさん、どうでしたっけ??

(アダム)
私は、日本に来る前に「日本画」というものは、よく知りませんでした。
「日本画」を翻訳すると、Japanese paintingとなりますが、僕の見方、外国人の見方で、Japanese painting以降、日本の美術、絵画の歴史が全てになってしまっています。だから、明治時代以降のものが特に「日本画」とは、日本に来るまでよく知りませんでした。だから、私はそんなに強い区別はないです。私は元々、大英博物館で、(本を見せながら)図が小さいですが、酒井抱一の屏風ですが…みなさん淋派はご存知だと思いますが…そういう絵は、なんか日本の良さが出ているんじゃないかな?と思ってます。私は(「日本画」の)構図と色使い等に、最初に興味を引いたので、日本に来て「日本画」の材料を勉強し始めました。「日本画」の材料等のことを話しましたけれど、それは「日本画」の中にある特別なところじゃないかなと、二人とも思っているのですが。
二人は日本の美術絵画シーンの歴史のなかで、進化している現在の「日本画」を描こうとしています。材料は、絹本や岩絵の具を使っているんです。

(笹尾)
先ほど、トークの前に『「日本画」とは何ぞや』というお話をお二人としていた時に、絵の具というか、材料の話が出てきてきまして、今、アダムさんはその話をしてくださったのですね。

(山本)
アダムさん、材料の話はすごく良かったんですけど、もっと砕けたことも言ってたんですよ。

(アダム)
私は、正直な意見は「日本画は(こうあるべきだと)別に決める必要がない」と言いました。

(山本)
(「日本画」の概念に関して)日本人が勝手に考えてくれりゃ良い、正直なところ。とおっしゃっていました。作品は作品で作っていくけれど、何が日本画かとか、明治時代に変わったからどうだって話は、もう日本人でやってくれって、素直に言ってましたよ。

(アダム)
それはそうですね。

(山本)
その辺は、海外から見た目と、日本人であるというか、日本の中で「日本画」をやっていく場合とで、やっぱりちょっとずつ微妙に立場は違うのかな?と思うのですが、また深い話がもしかしたらあるかもしれませんが、とりあえず…ね。
材料に関していきます?

(笹尾)
はい。せっかく話が出たので、興味がある方もいらっしゃると思いますので、少しだけ、日本画の材料について、お二人にお話を伺おうと思います。
今、アダムさんがおっしゃっていただいたように、お二人は現代アートという領域の中で、日本画的手法を使って作品を発表し続けているのですが、「現代アート」という形で、お二人の使っている材料は大変古典的なものなんですね。そのあたりの話を少しお願い致します。

(山本)
材料で言いますと、日本画を描いていない人には非常になじみが薄いものなのですが、基本的に絵の具という言葉を聞くと、ほとんどチューブに入っているものを想像されると思います。歯磨きチューブみたいなのに色が入っているものですね。その中に、水彩絵の具が詰まっていれば「水彩絵の具」、油絵の具が入っているものは「油絵の具」と考えていると思うのですが、それは基本的には、「チューブ」というものが発明されて以降のことなんです。絵の具というのは、本当は色の粉と言うか、色料、色の着いた粉のようなものがあって、それだけでは定着しないのです。イメージで言うと、某放送局の特集などでよく、チベットのお坊さんが、色の砂で、絵を描いたりする、砂絵を描いたりします。これは定着しないからこそ良く、仏教的な意味があり、出来上がったものを即座に壊すと言うことに意味があるのですけれども、その色の粉では、定着しないので、これに何かしらの接着剤を混ぜます。接着剤もチューブに入っているので、またイメージが違うのですが、例えば油絵であれば油が接着剤になります。水彩絵の具であれば、アラビアゴムというものが接着剤になります。
そして、世の中には卵を接着剤にするタマゴテンペラというものもありますし、日本画の場合は、「にかわ」というものを使います。これが非常に大きな特色なのだと思いますが、「にかわ」というのが、動物性のタンパク質、コラーゲンです。「日本画」で使用している材料の「にかわ」は牛の「にかわ」です。
牛の皮を煮込み、液がでてきて、その革だけを捨て、液を固めて、それを乾燥させたものが、お店に売っています。(使用する際は)それを改めて、湯戻しして、それと色の着いたものを別個に買い、自分の指で混ぜます。そのようにして、皿の上で混ぜた状態が、皆さんがチューブで買ってきた状態と同じということになります。指示体というか、絵を描くキャンバスにあたるものは少し違います。

(アダム)
私は、「日本画」の伝統的な材料は、非常に面白いと思います。例えばこの作品(自作を指差して)の場合は、絹本になります。後ろにうるち紙を貼っています。すると、色のレイヤーがあります。深い色というか、岩絵の具は荒い絵の具なので、それは表面に着いています。元の紙の色と、間の染めた色や、染料を使った色、一番上の絵の具。それはいろんな濃さがありますが、絵の表面は非常に面白く、私は、とても面白いと思います。そして、金箔や、光を絵の中にも使えるので、私はそういうところが非常に日本画の良いところだと思います。

(笹尾)
アダムさんは、大英博物館で、日本画を見た時「日本画の色が美しい」と思われ、日本に来て、いざ、岩絵の具を使ったのですね。

(アダム)
初めて使ったときは、実は無理だと思いました。
「にかわ」のバランスと、ちゃんと紙に綺麗に定着するのかとか、濃さとか、どのようにして分かるのかが難しくて、最初は弱すぎて、手で取ってしまうとか、濃すぎると絵が割れたりするので、非常に難しくて、絵の具は砕いた石だから、それは高い材料を使ってるんです。最初は非常に難しかったんですが、進めていくと面白くて、油絵の具より表現もおもしろいし、色々とできることが多いので、気に入りました。

(山本)
絹本と言うのが分からない方も結構いらっしゃると思うのですが、「絹本(ケンポン)」というのは、絹の本と書いて絹本といいます。絹に描きます。日本画の場合、紙に書く場合は紙本と言い、その紙は和紙なのですが、和紙も、今のイメージでいう非常に繊維が多いような和紙を想像すると思うのですが、日本画で描く和紙っていうのは、表面が平滑で、一見洋紙に見えるような和紙もあります。私は、大きいものに関しては和紙を使っていて、奥にも作品があるのですが、奥の作品は、アダムさんと同じように絹本です。
アダムさんが先ほどおっしゃっていた、「絹本」の重層性というのは、西洋画の油絵のキャンバスのように、布自体も厚いですが、その上に白い絵の具を一度乗せているものも販売しているのですが、絹は、非常に薄いので、最初の絹自体の色もありますが、絹自体を染めることもできます。
そして、見える側の面だけに色が載せられるだけでなく、裏にも色が載せられます。裏にのせた色も面に出てくる。さらに、絹だけでは弱すぎて絵は描けますけれども、鑑賞としては成り立たないので、絹の裏に紙を、裏打ちと言って、紙を補強するのですが、裏打ちをする紙の色によっても、表面に出てくる色の発色と言うのは違ってきます。
レイヤーがいくつかあるといったのは、一番表面に出ている色だけではなく、裏からも彩色しているかもしれないし、裏から箔を押すこともあります。裏箔と言うのですけど、裏から箔を押したりする手法もありますし、その裏打ちに使う紙によっても、色が変わってくるということで、作家がコントロールできるところもありますが、表具屋さんに任せなきゃいけない部分もあったりします。
材料に関しては、そういうことです。

(笹尾)
前半「日本画」に対する豆知識というか、基本的なことをうかがうことができたので、これから、お二人の作品のコンセプトや、作品に対する思い等を、伺って参りたいと思います。
それではブースさん。

(アダム)
まずは、私の作品の中で非常によく描いているモチーフは「白像」と「桃」、そして「鳥」。その三つはよく描いています。私は、日本に来日してから、日本画の勉強を始めて、京都で養源院と言うところで俵屋宗達が、描いた白象を拝見いたしましたけれども、ちょっと…

(山本)
養源院襖絵・杉戸絵ですね

(アダム)
(本を広げながら)これは、俵屋宗達の17世紀に描いた白象ですけれども、私は、その象を見た時「いったいこの絵ってなんですか?」と思いました。私は西洋美術の中で、白い象を見たことがなかったので、「白い象はどういうもの?」と思い、想像できませんでした。考えられなかった象徴です。けれども、よく見ると象と認識できるけど、ホントの象じゃないと思いました。
僕は、俵屋宗達はほんとの象は見たことがあるかわかりませんが、宗達の想像が、非常に入ってるんじゃないかと思いました。そういうきっかけで、私は象のモチーフを自分の作品に使いたいと思いました。僕は、この象を、想像とか本当の事実ってなんだろうとかの、事実と想像の区別は、どうやってわかるのだろうかと、考え始めました。
私の作品の中で、象は変化して、違う形になっていっています。
(本を見せつつ)これは私の博士(号)の論文ですが、この論文で、日本美術史の絵画に出ている、象の種類を集めて、その象の形はどうやって歴史に通じて変わってきたとかを、調べました。そして、どうやってモノを認識するとか、何が想像とか、考えました。
最初に「日本画」の美術の構図にとても興味を持ち、西洋では浮世絵の版画等が有名ですが、北斎など、絵の構図は、対角線上、ダイアゴナルの左と右で対照ですが、そのような構図もあまり西洋にないですね。西洋の場合は、シンメトリーバランスをとっている。

(山本)
シンメトリーバランスは正対象ってことですよね?

(アダム)
その構図によって、モチーフとモチーフの間に緊張感を作れると思います。よく、掛け軸の鳥と花とかの間に緊張感を感じられると思いますが、私は自分の作品に、象と鳥とか、桃の間に緊張感をつくるために、そういう構図を使ってみました。
鳥も象徴の意味などたくさんありますが、私の作品の場合、できるだけ幅広い意味を持つ象徴を使いたいと思っています。だから、私は最初に白い象の意味はよく分からなかったですが、私の絵を見る人に自分の考え、自分の文化、自分の目で見て、それは自分にとっては、象徴の意味は自分で決めてもらいたいと考えています。自分の作品の中で、ちょっと不自然なところによってその認識をちょっと改造させたい、もう一度、みんな考えさせたいと思っています。
そういう目的です。
先ほどお話ししましたが、幅広い象徴のひとつの桃ですが、桃はそんなに日本美術には見らません。中国の絵は結構、桃が出ています。そして、桃の意味はいろいろありますが、「誘惑」につながる西洋のリンゴに似ているのではないかと思い、「禁じられた果物」ではないかと思いました。
絵の中で、象や鳥は、桃を狙っていますが、本当に手に入るかとかは、見てる人に決めてもらいたいと思います。
作品は進化して、小さい絵の場合は、阿弥陀如来。私は仏教が好きですが、私は現代の絵だけでなく、歴史のすべてを見て、その中から自分の気に入ったところを、自分の作品に使います。
だから、象のモチーフと阿弥陀如来像という天使、阿弥陀如来の付き人などを見て、こういう天使のようなものを描こうと思い、こういう想像の人物になってきました。

(笹尾)
(作品を指差して)この絵とこの絵の間にも緊張感があって、アダムさんは平面ですが、インスタレーションというか、そういった展示のしかたをよくされていて…どのような意図があるのですか?

(アダム)
日本の美術は、昔は家の中で、ちょっと暗めのところで展示されていたのですが、展示といっても、建物と一緒のものでした。ですので、全体の空間も、絵と一緒と考えています。西洋美術の場合は、最近インスタレーションが流行っていますが、インスタレーションというものは、空間のすべてを考えるアートではないでしょうか?光や音など、全てできるその空間全体と考えます。この絵を展示する時は、少し光の反射などを考え、以前は音楽を作曲してもらい、BGMとして使いました。
この2つの作品は、前展示した時、金色の糸で、絵と絵をつなぎました。阿弥陀如来像だけではありませんが、仏様の見ている線が実際に描いてありますよね?金で。ご存知ですか?実際に線として神様とお坊さんが繋がっています、そういったこともやったりしています。
だから、展示の仕方も、全部壁面ではなく、空間の中で展示方法を変えたりしています。

(笹尾)
アダムさんも今、日本画はその空間の中で楽しんでいたものだとお話がでて来ましたが、そこに少し、太郎さんも繋がるようなことがあると思うので、今度は太郎さんから、お願い致します。

(山本)
せっかくなので、アダムさんの話で、非常に面白い切り口だと思うことがいくつかあって、イギリスから来られた方だからだと思うのですけれども、常日頃、私たち日本人って白象っていうか、白い象がまさか自分たちの文化の特色の1つであることをあまり思わないじゃないですか。他に富士山であるとか、分かりやすい松とか、あると思いますが、論文の中で、僕近いので、図版がいっぱい見られて良かったのですが、白象のことを取りあげていて、それはたぶん、インド源流ではあると思いますが、日本で、仏教美術で、普賢菩薩と言うのがあるのですが、普賢菩薩が描かれるときはだいたい白象に乗っているんですね。そこから、たぶんヒントを得て、俵屋宗達が養源院に白象を描いたのは、たぶん、お寺ですからね。その辺との兼ね合いは必ずあると思います。
アダムさんの論文の中にも出てくるのですが、僕の作品、涅槃図っていう絵もあるんですが、ちょうどお釈迦様が亡くなる時の絵を図柄にしてあるものなんです。
その中でも、動物も実はお釈迦様の死を悲しんだと言う記述もあるので、象も描かれてたりするんですが、たいてい涅槃図に描かれている象っていうのは白象なんですよ。
実は自分たちでは気付いてないけれども、白い象っていうのが文化の根底にあるというところを、自分たちで気付かないけれど、アダムさんはポッと来て気付くって言う部分があったりして、自分たちの文化のことが、自分たちが見えなくなっているところとか、意外に外から見ると分かるのかなと思いました。実はあの白象も養源院の象をそのまま描きました。

(山本)
後で、見ていただいたら分かると思いますが、アダムさんの描かれてる象と非常に似ている形をしています。僕も宗達が好きなので、わざと白象を描く場面で宗達を持ってきたんです。 そういう文化というのが、たぶんアジア源流ですけれども、ずっと繋がってきてここにたどり着いて、日本流にアレンジされているものをさらに、アレンジして描くというのが面白いな。と思いました。
あとは「糸の話」ですよね。糸は、難しい話もあるんですけれども、画面の中での仏様の視線ってのもありますが、実際には面白い話なんですけれども、山越え阿弥陀って言う、阿弥陀如来の掛け軸や、観音開きの絵とかもあって、今は残ってないですが、古いものをよく見ると、穴があいているんです。仏様の手から、五式の文献で出ますが、五色の糸が手から出ていて、寝る間際には人のところに、掛け軸かけておいたり、屏風を置いといたりするわけです。そして、(それを)握って死ぬと、GO TO heaven じゃないですけど、浄土に行けるというふうな、インスタレーションですね。
そういう仕組みが作ってあって、そういうこととの関連もすごく面白いと思ったんです。
ですので、さっきの明治になった時の日本画の話にまたちょっと戻るんですけれども、絵画ということだけになると、やっぱり日常と切り離された、何かこう鑑賞するものと言う風になってしまうんですが、西洋美術が歴史をドンドン重ねて、その絵画というところから、最近はインスタレーションという風に空間全部を考えるようになってきたんですが、日本美術は、もともと、その方が強かったわけです。死ぬ間際に糸を握るって言うのは完全に絵画としての役割もしているけど。それ以上のものになっているというか、道具といっても良いと思います。
それは、部屋の中の空間も繋がっていますが、部屋以上の空間に連れて行くための装置であるわけで、そういったものであったというところが、日本美術の面白いところだなと私も思います。
実はこの大きな作品は、パネル上にはなっていますが、私は大きな作品を作る時には最近はだいたい屏風にしてるんです。屏風というのも本当に道具といえば道具だし、絵といえば絵だし、建具といえば建具です。空間を構成するものでもあるし、絵画でもあるし非常に多義的な要素があると思っています。そういう形式を、掛け軸もそうですが、屏風、掛け軸、扇子、団扇、最近は器に絵付けもしたりとか、あとは、自分で着る着物に絵を描いたりもしていますが、そういう風に、絵画が絵画としてだけじゃなくて、もっと生活に根ざしてた時代のものというか、そういう部分を取り戻すというか、そういうことをやっていくと、また面白い展開があるのかなという風に僕は考えてます。

(アダム)
昔の日本の作家もよく器、染とか焼き物のいろいろな絵だけでなく、襖絵だとか描いていましたよね。

(笹尾)
当時は、美術とか工芸っていう境目って言うのは特別なく、やってたことなんでしょうからね。けれども、先ほど最初に太郎さんから伺ったように、西洋絵画というのが入ってきて、その時から変わっていったということですね。日本画か美術をやっているのに、工芸なんて。

(山本)
そういう部分はあったのかも知れないですね。この桜の絵に関して言うとですね、実は、他の襖絵とか屏風絵とかと一緒で、一度その空間から切り離されちゃうと、こうやって白い普通のホワイトキューブのギャラリーに飾っても別にもちろん問題ないんですが、最初に展示をしたギャラリーっていうのがありまして、そこで、最初に「これこれこのくらいの次期に展示しないか」と言われて、それがちょうど4月くらいだったんですよ。大阪のギャラリーだったのですが、その場所に行って、話をして、実はそこのギャラリーがその川に面してまして、ここみたいに立派なビルの中じゃなくて、全面ガラスばりだったんです。川沿いに桜並木があって、その時は、全く咲いてなかったのですが、これはきれいだと思って、ギャラリーからも外の桜が見えるので、わざとその、次期を調節して、4月は4月で決まっていたんですけれども、毎年桜の咲く次期って言うのをわざと押さえてもらって、外で桜が咲いていると、中でこういう風な,桜が咲いていて、ギャラリーの中に畳を敷き詰めまして、要するにお花見が家の中でもできるし外でもできるような状態を作って、2週間の会期中、毎日飲んだくれてたんです。来る人来る人にお酒を進めて、むこうからも進められるし、べろんべろんだったんですけどね。普通に見に来られる方は非常に喜んでいて、美術関係者が鼻をつまみながら、「なんでこのギャラリーはこんな酒臭いんだ?」って、即座に帰っていっていました。
そういう、空間だけじゃなくて時間とか季節とかそういう全てのものを取り込みながらやっていくと、本当に何か、いろんなことができるんじゃないかなーと言う風に思ったりします。

(笹尾)
あの時確か、和太鼓と笛と演奏会なども。

(山本)
ライブという風に言って、アダムさんも音楽と一緒にやったりしてるんですが、僕も音楽と一緒に何かやるって言うのが非常に好きで、自分のギャラリーで展示をする時に、そうやって友達で和太鼓をやってたり、笛を吹いてたりする女の子が居るので、その二人に来てもらって、三味線を弾いてもらったりとか、そういう風なことをしてもらいました。
そうしているうちに実はこの間、非常に大きな面白いお話を頂きまして、茂山家っていうのが、京都の狂言の家でありまして、ちょうど今某放送局の朝の連ドラで「ちりとてちん」っていうのをやっていて、どうにもならない小草若という派手な、落語家のお兄さんをやっている人が、宗彦くんという、若手で狂言会をやったりしているのですけど、その時に新作狂言で、僕の絵を拝見して「使わせてくれないか」と話があって、もう一も二もなく「是非是非」って言って使っていただいたんです。本当にそれは、自分の夢でもあって非常にありがたかったです。
さっきの空間との兼ね合いの話で言うと、 只単に背景である事は本当になんというか、でもあるんですけれども、皆さんが漫才見るときとかに、背景が松だったりするじゃないですか。あれ、なんの不思議もなく見てらっしゃいますよね?でも、実は意味がありまして、日本の古典芸能は実は人間に向かってやっていたんじゃないんです。神様に対してやるものなんです。日本の神様というのは、何かと言うと、普段は居なくて、どっかからやってきてくれる人なんです。その依り代になるのが、大きな岩だったり大きな松の木だったりします。一説によると、その当時能舞台とかがあったりすると、その能舞台の真ん前には、大きなこんもりした松の木があって、人間はわきからそれを見させてもらうというか、そういうことをしていたっていう話があるんです。人間って欲深いもので、一番特等席、神様本当は見て頂かないといけないのだけれど、自分たちも特等席で見たいって思うわけですよ。
能舞台の松が描いてある板って言うのは、鏡板っていいますけれど、その目の前に松があってそれが鏡板として写っているよ。だから、松が後ろにありますよ。という意味合いなんですよ。本当は無いのですが、あると仮定しているんです。鏡に映った松、という風な、依り代の松なんです。
そういう意味合いのところに、自分の絵を使っていただけるっていうのは、私もお能のお稽古をしていたりするので、あのそういうものにとっては本当に、非常に感激をした経験でした。

(笹尾)
「日本画」というのは、「日本画」という言葉を使ってしまったのですが、そういったあらゆる文化との関わり合いの中で、初めて意味をなすというか、今ある日本画の議論というのは、太郎さんも書いていたのですが、ちょっとそのあたりを忘れてしまっているんじゃないかって話を言われていましたよね。

(山本)
そうですね。今非常に「日本画」自体もブームで、日本画論自体もブームですけれど、意外とその「何が日本画か」とか「ここからここは日本画じゃない」とか、「日本画であるべきだ」とか「日本画をなくしてしまえ」という話は、非常に多いです。でもそうではなくて、一体全体、日本の美術は何を大切にして、どういうあり方だったのかっていう議論も、もうちょっとあっても良いんじゃないかなと思いません?

(アダム)
私はなんか、時間が立つとわかってくると思うんですけどね。あと10年あれば、「(何が)日本画」とか分かってくるんじゃないかな。

(笹尾)
今の西洋の系譜でくると、こういった絵画の前でどんちゃん騒ぎするのは、邪道だと言うのか、そう言われかねないですけれど、やっぱり今日の太郎さんとかアダムさんのお話を聞いていると、「ルーツはどこだったの?」という話で、本当にアダムさんの言う通り、これから時間が経ってきてみんな分かってくるのでしょうね。

(アダム)
もしかして、私は日本人じゃないから日本画ですか?それもどうかって話ですね。

(山本)
だから、私はアダムさんの存在自体が面白いなと思っているんです。経歴見たら分かりますけど、東京芸大の日本画ですから、もう日本画アカデミズムの総本山の中に居るわけで、そこにイギリスの方で日本画を描いてますよって言うのが、容認されているって言うこともなかなか面白いと思います。だから、アダムさんの存在だけでも面白いからドンドン続けて描いてほしいですよね。

(アダム)
美術の良いところは、決まりがないんです。何でもありでしょ?だから「日本画」一応こういう、元があるんですけれども、これからドンドン進んでいくんじゃないかなと思うんです。

(笹尾)
お話も盛り上がってきたところで、時間になってきました。
ここで質疑応答を受け付けていきたいと思います。「もうちょっとここのとこ聞きたかった」などあれば。こういう大勢の中で、お話しづらいとは思いますが、どなたか質問のある方はいらっしゃいませんか?

(アダム)
私が質問しても良いですか?涅槃図の、話を聞かせていただきたのですが。

(山本)
はい。あの実は涅槃図を元にしているんですけども、僕のやつは、「延命図」っていう絵なんですね。
涅槃図というのは、実は色々な意味があって、お釈迦様がお釈迦様になる前ですけども、現世で亡くなるということが起こるわけです。
現世に近い、俗人というか我々みたいな人間は、やはり、お釈迦様が、亡くなるということは、非常に悲しいわけで、人間も動物たちも泣き崩れるって言う構図ですけども、実は、亡くなるということは、涅槃に旅立たれるわけで、非常に仏教的な考えでいうと、もう1つ上のレベルに上がったということも表しています。現世の人間、世俗に居ない人達は、万歳まではしないですが、喜んでいるというような絵です。
仏教的な一枚の絵の中で、実は死ぬってことはそう悲しいことじゃなくて、涅槃に旅立てることだよ、という絵ですが、現代って非常に死を怖がるとか、死んでしまうってことが非常にタブー視されている世の中なので、例えばお釈迦様のような偉い人が、現代に生きていたとしたら、きっと延命治療を施しちゃうだろうなというのがあったんです。延命治療した方が、もしかして苦しんじゃうかもしれないですけれど、周りの人間はとにかくもう生きながらえさせさえすれば、嬉しいんじゃないかっていう風な思いというかそういう姿を、自分の祖父母が亡くなる時とか、祖祖母が亡くなる時とかに見てきて、「そうだな?。」という思いがあったので、こういう絵を描いてみたんです。
じつは先程の五色の絵の「糸」の話に戻りますけど、今回は絵だけで展示しているんですけど、僕も、インスタレーションで展示をしたこともあって、五色の電気コードが、ビューンと絵から出ていて、ボタンに繋がっているんですよ。そして、ポチッと押すと「ナースセンターです」っていう声がするっていう、インスタレーションやってたんですけどね。

(笹尾)
他にどなたか。

(オーディエンス:男性)
ブラックジャックとか居ますよね?JALだとか、そのようなものは著作権とかは?

(山本)
その辺は難しいところで、実はブラックジャックに関しては、ちょっと"バッタもん"的にちょっと変えてるんですよ。

(オーディエンス:男性)
それで大丈夫…?

(山本)
それで大丈夫…かどうかは分からないです。虫プロに聞いてください。
(オーディエンス:男性)
今のところ何もない?

(山本)
今のところはないです。JALは一応、お電話では連絡したんです。こういう作品描きます、と。
JALはわりと冷たかったですね。企業によって全然対応のしかたが違って、カーネルサンダースさん、ケンタッキーフライドチキンのカーネルサンダースさんのロゴマークとかを割と絵で使わせて頂いたときは、ケンタッキーさんの方に許可をとったら、向こうの方が非常に積極的に、してくださいまして、それで、今、その作品は、日本ケンタッキーフライドチキン本社に寄贈されて、それで、この間も年賀状が届いてました。新年の社長の訓示の時とかにバックに使っているらしくて、非常にありがたいです。

(オーディエンス:男性)
何かもらったのですか?

(山本)
チキンじゃなくてカードがあるんですよ、図書券みたいな。それは頂きました。
一昨年前、京都でニッポン画屏風祭りという、街中に自分の屏風を色んなお店に展示するというのを、夏の祇園祭の期間にやらせていただいたんですが、その時も会場としてケンタッキーフライドチキンを2店舗貸していただいて、自分のおっきな屏風を店舗の中に展示させていただいて、その時は、フライヤーに、ポテト百円割引券、あと、無料券を付けていただきました。という企業もあります。

(オーディエンス:男性)
有難うございました。

(笹尾)
こういった質問でも良いので、他に…。

(オーディエンス:男性)
さっきアダムさんは、自分の絵は解釈は見る人の自由だとおっしゃったんですけど、信号機をみて何だろうってずっと気になっていて、飛行機は鳥というか…?これがちょっと分からなくて…

(山本)
あの意味合いというか、実はすごく象徴的な意味合いは、その信号機にはないんです。
それこそ桜の時期に外に出て、公園とかだったら別ですが、街路樹として植わっている桜を見る時って、必ずどこかに入っているんです。うちのすぐ近所のほんとに桜が綺麗な川沿いのところがあるんですが、そこも信号の横なんです。けれど、人っておかしなもので、さくらが咲いてる時って、信号だけモンタージュの逆で、切り抜いて見ちゃうんですけど、普通はこういう景色だなぁという思いがあって、それで、信号をこれには描いています。
もう1つ、人が横断するための信号と松を描いた絵が、一対で、続きで繋がっているんですけど、そっちの方は後からいろんな言葉遊びが派生しちゃって今となっては自分の中では「信号を松」というね、図柄としてかなり使ってますね。

(オーディエンス:男性)
有難うございます。

(笹尾)
他にいらっしゃいますか?

(オーディエンス:女性)
私は、JALの飛行機の飛ぶ音と、その上に、真っ青な空がある感じ。
色んなものの静寂が、信号があるおかげで、渡るときの音とか、人の渡る音とか車の音とか、空を飛ぶ音とか、やっぱりそれも同じで、みんな桜を見ているですよ、色んな音が聞こえているんだけれど、桜だけ見ていて、現代に生きているそのー風景なんだなぁと思いました。
あと、岩絵の具って全部天然のものですか?

(山本)
私はかなり天然を使っています。

(アダム)
私は両方、新岩絵の具も使っています。けれど、天然絵の具は色が美しいです。その自然の柔らかさ、美しさでもあります。

(オーディエンス:女性)
科学的なものでも作れるのですか?

(山本)
今は、非常に多いです。日本画、要するに、色の着いた粉と言っていたのは、色んなパターンがあるんですが、青とか緑とか、ブースさんのそっちの緑とかは、天然の石を砕いた色なんです。
天然の石を砕いてこの鮮やかな緑とか青とかが出ますが、なかなかこれだけ鮮やかな色が出る石はそんなにないので、人工的に石を作って、それを砕いて、人造岩絵の具というのを、色とりどり作っているんです。

(アダム)
プラスティックとガラスの間の感じですけど、石っていう…。

(山本)
そうですね、ガラスを作ったりとか、磁器を作ったりする技術に近いそうです。そういう技術で、石を一度作って、色の着いた石を人工的に作って砕くという。

(アダム)
人工のものも、時間が立ってもあまり、色は変わらないですけど、天然のものは、やっぱり時間が立つとちょっと暗くなったりするんです。それが気になる作家もいるし、私はそんなに気にならないんですけど。それを考えている作家も居ます。

(オーディエンス:女性)
「にかわ」を使って、手で混ぜると言っていましたが、使わないと乾いたりするんですか?

(山本)
比較的油絵とかに比べれば、乾きは早いとは思いますが、乾きの速度でいうと、水彩絵の具とイメージと近いと思います。

(オーディエンス:女性)
手で混ぜるあたりもおもしろいと思います。

(山本)
先ほど、絵の具に慣れないという話もありましたが、混ぜ方もやっぱりあります。しっかり「にかわ」と一粒一粒の色をしっかり混ぜ込んでるようにしないと定着が悪かったりということもあります。

(オーディエンス:女性)
指先の感覚で、いい案配にするのですか?

(アダム)
私はそういうプロセスも気に入ったんです。チューブから出してすぐ、は早すぎますから。ゆっくり絵の具を混ぜて、最初から作るのは、そういうプロセスが良いじゃないかと思います。時間はかかりますけどね。

(山本)
絵の具とか材料に関しては本当に僕大好きで、マニアックなので話したいことはいっぱいあるんです。

(笹尾)
もっとマニアックな話を伺いたい方は、終った後に。
最後になりますが、聞き残したことはありませんか?

(オーディエンス:女性)
山本さんにお伺いしたいのですが、このギャラリーでこの屏風絵を見た時に、先程どなたかおっしゃっていたのですが、現代の風景と、過去の様式、それから、過去の美術と言うか、形のオマージュみたいなものを感じられたんですけども、そういった形の活動、例えば歌舞伎ですとか、歌舞伎家の方とか、そういった形で、現代のテーマで、様式は歌舞伎の様式だとか、現代のテーマで新しい作品を作るって形でいらっしゃると思うのですが、山本さんはそういった形で今後も活動が続いていきそうなのか、それとも、もしかして、いわゆる抽象とはちがうんですけれども、もう少し自分の中で違うものが統合された形で、違ったスタイルの作品のスタイルを生み出していくお考えなのか、どのような方向に向かわれるのですか?

(山本)
方向性的に言うと、ベースとしてはこういうことをやっていこうと思うんです。
古典の様式と現代の風景っておっしゃいましたけど、そういう部分はずっと続けていくんじゃないかと。ずっとというか、しばらくは続けていくんじゃないかと思うんですが、今ちょっとドキッとしたのは、歌舞伎の方とかの例を出されたんですけれども、実は、そこがヒントになっているというか、この二人実は同じ大学なんです。京都の茂山家の宗彦君の話じゃないですが、実は彼も同じ大学なんですよ。僕らが一年生の時、四年生だったんで、彼ら自身がそういう活動をしていたんです。
個展もしっかりやっていたんですが、新作狂言というのを個展の形式でやったり、今回みたいに「ちりとてちん」にでてみたり、ということをやっていました。僕らがお能を習っていたのが、実は恐縮なんですけれども、観世栄夫先生という方で、栄夫先生という方自身が、割と能楽界では一番最初にやり始めた方だったんです。
新演出とか、新作能とかを非常に積極的にやっていて、その大学に入った時に、やっぱりどういうことをやっていこうかなと思った時に、やっぱり栄夫先生なり、栄彦君たちがやっていたような活動っていうのが非常に刺激になって、古典っていうものをこうやって現代に蘇らせられることができるんだという思いが非常に強くあったので、そこからヒントを得たって言うのがホントは大きくいので、今ご指摘があってドキッとしました。
今後の方向性としては、全部の作品がそういう形になるか分からないんですが、現代の風俗だけじゃなく、物語をもうちょっと取り込んでいきたいなというのがあるんです。
涅槃図というか、僕の「延命図」、この作品では延命図とかは、ちょっと物語性があるんですが、アダムさんのは、非常に物語性を感じられると思うんですけども、ぼくも物語というか、そういうものを取り込んでいきたいなという思いがあって、それは自分個人の物語って言うよりかは、それこそ日本の古典の物語を、絵を見て分かるという様なことになると非常に面白いと思ってるんです。
色んな分野とやっていくと繋がってくると思うのですが、今日はあまり、その古典文学とかそういう話は出なかったです。やはり、昔の絵画って実は文学であったり、和歌であったりということと、非常にリンクしてる部分が強いので、今でもそういうことできるんじゃないかっていう風に思っていて、なんとか、その語り継がれてきた物語的なものを、画面の中にもう少し入れていく様な作品を今は考えてやってます。

(オーディエンス:女性)
二人ともまだ若いアーティストなので、見させていただく側としては、これからお二人が、おそらくアイデンティティーというものを、アーティストとして構築して、作品に表してくださるんじゃないかなと、楽しみにしています。

(二人)
有難うございます。

(笹尾)
最後に良い質問がしていただいて、こういったお言葉も頂いてありがとうございました。
もう、トークはこれで、終了になりますが、今日は本当に寒い中、皆さんお越しいただき、有難うございました。そしてまた、お二人も遠いところからお越しいただいて、非常に楽しいお話と言うか、新鮮なお話を伺うことができました。
ありがとうございました。

このページの上へ

このページの上へ